演歌歌手・山本譲二さんは、2026年11月現在、76歳です。1950年2月1日生まれで、出身地は山口県下関市。1974年に「伊達春樹」の芸名で歌手デビューし、1980年に発売した「みちのくひとり旅」の大ヒットによって、演歌界を代表する歌手の一人となりました。
デビュー当時の苦労や北島三郎さんとの師弟関係、NHK紅白歌合戦への出場歴など、山本譲二さんの歩みには長い歌手人生を物語る転機がいくつもあります。2026年7月には新曲「桜龍~さくらりゅう~」を発売し、10月には全曲集もリリース。76歳を迎えた現在も、ステージや音楽活動を続けています。
【2026年11月最新】山本譲二の年齢は76歳!生年月日と公式プロフィール

山本譲二さんの年齢は、2026年11月4日時点で76歳です。誕生日は1950年2月1日。2026年2月1日に76歳の誕生日を迎えました。
この生年月日は、所属レコード会社のテイチクレコードが公開している公式プロフィールにも記載されています。出身地や歌手デビューの情報も同じプロフィールで確認できます。
山本譲二の基本プロフィール
- 名前:山本譲二(やまもとじょうじ)
- 生年月日:1950年2月1日
- 年齢:76歳(2026年11月現在)
- 出身地:山口県下関市
- 血液型:A型
- 職業:演歌歌手
- デビュー:1974年「夜霧のあなた」
- デビュー時の芸名:伊達春樹
- 代表曲:「みちのくひとり旅」「奥入瀬」「花も嵐も」など
- レコード会社:テイチクレコード
出典はテイチクレコード公式プロフィールおよび山本譲二公式ウェブサイトです。
2026年11月時点で76歳という計算は?
年齢は生年月日を基準に計算すると明確です。
- 1950年2月1日:誕生
- 2025年2月1日:75歳
- 2026年2月1日:76歳
- 2026年11月4日:76歳
- 2027年2月1日:77歳になる予定
したがって、2026年11月現在の年齢は76歳で間違いありません。
なお、1950年生まれという情報だけで年齢を計算すると、誕生日を迎えたかどうかによって結果が変わります。山本さんの場合、2026年2月1日に誕生日を迎えているため、11月時点では76歳です。
【山口県下関市出身】甲子園出場から歌手を目指した若き日の山本譲二
山本譲二さんの歌手人生を理解するうえで欠かせないのが、故郷である山口県下関市と高校時代の野球経験です。
テイチクレコードのプロフィールによると、山本さんは早鞆高校の野球部に在籍し、1967年の第49回全国高等学校野球選手権大会に出場しています。
現在の演歌歌手としてのイメージからは意外に感じる人もいる可能性がありますが、若い頃は野球に打ち込んでいた人物です。
高校卒業後に上京、弾き語りで音楽の道へ
1968年、高校卒業後に上京。新宿の盛り場で弾き語りをしていた頃、作曲家の浜圭介さんと出会います。
この出会いが、プロの歌手として歩み始めるきっかけになりました。
上京してすぐに大きな成功をつかんだわけではありません。歌手を目指して活動を続け、1974年にようやくレコードデビューを果たします。
下関という故郷とのつながりも続いている
山本さんは歌手として成功した後も、出身地との関係を大切にしてきました。
2011年には山口ふるさと大使に就任。加えて、下関市には「関門海峡」の歌碑も建立されています。
2001年に建立されたこの歌碑は、山本さんの故郷とのつながりを示すものです。全国で活動する歌手になっても、下関という原点がキャリアの中に残り続けています。
【伊達春樹から山本譲二へ】北島三郎との師弟関係と再デビューの転機
山本譲二さんの歌手人生には、現在の名前になるまでに経験した下積み時代があります。
1974年、山本さんは本名ではなく、伊達春樹(だて・はるき)という芸名でデビューしました。
1974年「夜霧のあなた」で伊達春樹としてデビュー
1974年、ビクターから「夜霧のあなた」を発売。これが山本さんの歌手としての正式なデビューです。
現在では山本譲二という名前と「みちのくひとり旅」が強く結び付いていますが、デビュー当時は伊達春樹という別の芸名で活動していました。
このため、山本譲二の歌手デビュー年を調べるときは、現在の名前で活動を始めた時期と、最初にレコードデビューした時期を区別する必要があります。
北島三郎の付き人兼前唄を務めた経験
1975年、山本さんは新宿コマ劇場で北島三郎さんの楽屋に何度も通い、やがて付き人兼前唄を務めるようになります。
前唄とは、主役歌手の登場前にステージで歌う役割です。大舞台に立つ歌手のそばで仕事をしながら、歌唱や舞台の進め方、観客との向き合い方を学べる立場でもあります。
北島三郎さんとの関係は、単に同じ演歌界で活動する先輩と後輩というだけではありません。付き人として近くで仕事をした経験があり、山本さんのキャリアを語るうえで重要な師弟関係です。
1978年には北島音楽事務所に正式に移籍し、本名の山本譲二として再デビューしました。
全日本歌謡選手権で10週勝ち抜き
もう一つの大きな転機が、1976年のYTV「全日本歌謡選手権」です。
山本さんは同番組で10週勝ち抜き、43代チャンピオンになりました。
この実績は、歌唱力が認められたことを示す重要な出来事です。デビューから順風満帆だったわけではなく、地道な活動と実力を積み重ねて現在の地位を築いたことが分かります。
【代表曲の誕生】「みちのくひとり旅」はなぜ大ヒットしたのか
山本譲二さんの名前を全国に広めた代表曲が「みちのくひとり旅」です。
テイチクレコードの公式プロフィールによると、同曲は1980年8月5日発売。発売直後から地道な活動を続け、翌1981年には100万枚を売り上げる大ヒットとなりました。
1980年の発売から1981年のミリオンヒットへ
注目したいのは、楽曲の発売年と大ヒットした年が異なる点です。
1980年にリリースされた「みちのくひとり旅」は、1981年にかけて人気を広げ、ミリオンヒットを記録しました。
同曲は複数の歌謡賞でも評価されています。日本作曲大賞の金賞、日本レコード大賞のロングセラー賞、全日本有線大賞のグランプリなど、1981年には数多くの賞を受賞しました。
一時的な話題性だけではなく、長く聴かれ続けたことが評価につながった楽曲です。
紅白歌合戦初出場にもつながった代表作
1981年12月31日、山本さんはNHK紅白歌合戦に初出場しました。
デビューから7年。伊達春樹名義での活動、北島三郎さんの付き人時代、全日本歌謡選手権での優勝、そして「みちのくひとり旅」のヒットという経験を経て、全国的な知名度を獲得しました。
代表曲が歌手のキャリアを決定づけた典型的な例ですが、その成功の背景には、デビュー前後から続けてきた長い下積みがあります。
【年表で整理】山本譲二の経歴・紅白出場歴・テイチク移籍
山本譲二さんのキャリアは、単にヒット曲を発表してきた歴史ではありません。北島三郎さんとの関係、テレビ番組への出演、レコード会社の移籍、演歌以外の活動など、複数の転機があります。
主な出来事を時系列で整理すると、次のようになります。
| 時期 | 人物・作品・出来事 | 関係・主な実績 |
|---|---|---|
| 1967年 | 早鞆高校野球部 | 第49回夏の甲子園大会に出場 |
| 1968年 | 浜圭介 | 上京後、弾き語りを通じて作曲家と出会う |
| 1974年 | 伊達春樹「夜霧のあなた」 | ビクターから歌手デビュー |
| 1975年 | 北島三郎 | 付き人兼前唄を務める |
| 1976年 | 全日本歌謡選手権 | 10週勝ち抜き、43代チャンピオン |
| 1978年 | 山本譲二「北ものがたり」 | 北島音楽事務所に移籍し、本名で再デビュー |
| 1980年 | 「みちのくひとり旅」 | 8月5日発売 |
| 1981年 | 「みちのくひとり旅」 | 100万枚の大ヒット。紅白初出場 |
| 1994年 | NHK紅白歌合戦 | 復帰出場 |
| 1996年 | 憲三郎&ジョージ山本 | 北島三郎プロデュースの「浪漫-ROMAN-」を発表。紅白にも出場 |
| 1998年 | NHK紅白歌合戦 | 復帰出場 |
| 1999年 | テイチクレコード | 11月11日に移籍 |
| 2000年 | 「花も嵐も」 | テイチク移籍第1弾。紅白通算10回目の出場 |
| 2001~2004年 | NHK紅白歌合戦 | 4年連続出場 |
| 2024年 | 歌手デビュー50周年 | デビューから半世紀の節目 |
| 2026年7月 | 「桜龍~さくらりゅう~」 | 新曲シングルを発売 |
| 2026年10月 | 「山本譲二 全曲集」 | 代表曲など全16曲を収録したアルバムを発売 |
出典:山本譲二公式ウェブサイト、テイチクレコード公式プロフィール・ディスコグラフィ。
NHK紅白歌合戦への出場歴
山本さんは1981年に紅白歌合戦へ初出場しました。その後も節目ごとに出場し、長く演歌界で活躍してきました。
特に注目されるのが1996年の出場です。この年は、憲三郎&ジョージ山本というユニット名義で「浪漫-ROMAN-」を発表し、紅白にも同ユニットで出演しました。
また、テイチクレコードの公式年譜では、2000年の紅白出場が通算10回目と記録されています。その後も2001年、2002年、2003年、2004年と連続して出場しています。
こうした出場歴からも、山本さんが長年にわたって歌謡界の第一線で活動してきたことがうかがえます。
1999年のテイチクレコード移籍も大きな節目
1999年11月11日、山本さんはテイチクレコードに移籍しました。
翌2000年2月1日には、移籍第1弾シングル「花も嵐も」を発売。この曲もヒットし、同年の紅白では通算10回目の出場を果たしています。
その後も「奥入瀬」「夢街道」「花も嵐も」など、代表曲を増やしていきました。
1995年には「夢街道」で第37回日本レコード大賞の最優秀歌唱賞を受賞。1996年には「浪漫-ROMAN-」で第38回日本レコード大賞の企画賞も受賞しています。
山本さんの経歴を振り返ると、「みちのくひとり旅」だけに依存することなく、時代ごとに新しい楽曲や企画へ挑戦してきた点が特徴です。
【76歳の現在も現役】2026年の新曲「桜龍」と最新活動
2026年11月現在、山本譲二さんは76歳。歌手活動を続けており、新曲の発売やコンサート出演など、現在進行形の活動が確認できます。
2026年の活動を象徴する作品が、7月15日に発売された「桜龍~さくらりゅう~」です。
2026年7月15日発売「桜龍~さくらりゅう~」
「桜龍~さくらりゅう~」は、テイチクレコードから発売されたシングルCDです。商品番号はTECA-26033、価格は税込1,700円です。
制作陣は次のとおりです。
- 作品名:桜龍~さくらりゅう~
- 発売日:2026年7月15日
- 作詞:田久保真見
- 作曲:弦哲也
- 収録曲:「桜龍~さくらりゅう~」「みんな野球少年だった」など
- レコード会社:テイチクレコード
テイチクレコードの作品紹介によると、この曲は友を亡くした男の悲哀と深い友情を描いた作品です。弦哲也さんが作曲を担当し、田久保真見さんの詞の世界を山本さん独自の歌唱で表現しています。
注目したいのは、長年のキャリアを持つ山本さんが、2026年にも新しい作品を発表していることです。往年の代表曲を歌い継ぐだけでなく、新しい楽曲を通じて現在の歌声を届けています。
10月21日には「山本譲二 全曲集」も発売
2026年10月21日には、テイチクレコードからアルバム「山本譲二 全曲集」が発売されました。
このアルバムには、代表曲や話題曲、隠れた名曲など全16曲を収録。収録曲には「みちのくひとり旅」「花も嵐も」「奥入瀬」「夢街道」「妻よ…ありがとう」などがあります。
また、「浪漫-ROMAN-」のようなユニット作品や、川中美幸さんとのデュエット曲「仁川エアポート」も収録されています。
新曲の発表に加えて、これまでのキャリアを振り返る作品も発売されたことは、2026年の音楽活動を考えるうえで要点です。
2026年11月も全国各地でコンサート出演
山本譲二さんの公式ウェブサイトには、2026年11月のコンサート予定も掲載されています。
- 11月1日:四人衆コンサート2026 in 加西(加西市民会館)
- 11月16日:福山歌謡コンサート(ふくやま芸術文化ホール リーデンローズ)
- 11月16日:広島歌謡コンサート(JMSアステールプラザ)
- 11月17日:周南歌謡コンサート(周南市文化会館)
- 11月17日:下関歌謡コンサート(下関市民会館)
- 11月27日:令和・歌の祭典2026(J:COMホール八王子)
11月1日の公演はすでに開催されており、11月4日時点では16日、17日、27日の公演が今後の予定として掲載されています。
特に注目したいのは、11月17日の下関歌謡コンサートです。生まれ故郷である山口県下関市での公演は、山本さんの出身地とのつながりを感じられる機会です。
ラジオ番組など音楽以外の活動も継続
山本さんは歌手活動だけでなく、トークを交えたラジオ番組にも出演しています。
公式プロフィールには、USENの「ジョージのぶち好きやけー!」がレギュラー番組として掲載されています。演歌を紹介するだけでなく、野球や身近な話題などを取り上げる番組です。
また、2023年11月には公式YouTubeチャンネルも始動しています。テレビやラジオ、インターネットなど、音楽を届ける手段が多様化する中で、活動の場を広げています。
76歳という年齢だけを見るとベテラン歌手という印象が強くなりますが、2026年の新曲発売、アルバムリリース、コンサート出演を確認すると、現在も現役の歌手として活動していることが分かります。
【プロの結論】山本譲二の歌手人生が長く支持される理由
山本譲二さんの歌手人生を振り返ると、76歳という年齢以上に注目したいのは、活動を続ける中で何度も転機を迎えてきたことです。
1974年の伊達春樹名義でのデビューは、現在の知名度から考えると意外な出発点です。北島三郎さんの付き人兼前唄を経験し、全日本歌謡選手権で10週勝ち抜き、ようやく本名での再デビューへと進みました。
その後、「みちのくひとり旅」がミリオンヒットとなり、紅白歌合戦にも初出場。1990年代以降も「夢街道」や「花も嵐も」などの作品で評価され、演歌歌手としての地位を築いています。
山本譲二のキャリアから読み取れる3つの特徴
1. 下積み経験を土台にした歌手人生
デビュー時から大きな成功を収めたわけではありません。伊達春樹時代の経験や北島三郎さんの付き人として過ごした時間が、その後の歌手活動の基礎になっています。
2. 代表曲を持ちながら新しい作品にも挑戦
「みちのくひとり旅」という強力な代表曲がありながら、1990年代、2000年代、そして2026年にも新作を発表しています。過去のヒット曲を守るだけではなく、現在の音楽活動を続けていることが特徴です。
3. 故郷や仲間との関係を大切にした活動
山口ふるさと大使への就任や下関での公演、北島三郎さんとの長年の関係など、人とのつながりも山本さんのキャリアを形作っています。
こうした経歴を知ったうえで楽曲を聴くと、山本さんの歌に込められた哀愁や人生経験を、また違った角度から受け止められます。
山本譲二の年齢に関するよくある質問(FAQ)
Q1:山本譲二は2026年現在何歳ですか?
山本譲二さんは2026年11月現在76歳です。1950年2月1日生まれで、2026年2月1日に76歳になりました。
Q2:山本譲二の出身地はどこですか?
山口県下関市です。高校時代は早鞆高校の野球部に所属し、1967年の夏の甲子園大会にも出場しています。
Q3:山本譲二は何という名前でデビューしましたか?
1974年に伊達春樹という芸名で「夜霧のあなた」を発売し、歌手デビューしました。その後、1978年に本名の山本譲二として再デビューしています。
Q4:山本譲二の代表曲「みちのくひとり旅」はいつ発売されましたか?
1980年8月5日です。翌1981年に100万枚の大ヒットを記録し、同年にNHK紅白歌合戦へ初出場しました。
Q5:山本譲二と北島三郎の関係は?
山本さんは1975年から北島三郎さんの付き人兼前唄を務めています。1978年には北島音楽事務所に正式に移籍しており、歌手としての成長を支えた重要な師弟関係です。
Q6:山本譲二の2026年最新曲は何ですか?
2026年7月15日に発売された「桜龍~さくらりゅう~」です。作詞は田久保真見さん、作曲は弦哲也さんが担当しています。
Q7:山本譲二は76歳になった現在も歌手活動をしていますか?
はい。2026年11月も全国各地の歌謡コンサートへの出演が予定されています。7月には新曲「桜龍~さくらりゅう~」、10月には「山本譲二 全曲集」も発売されています。
まとめ:山本譲二は76歳、2026年も歌い続ける演歌界のベテラン
山本譲二さんは1950年2月1日生まれで、2026年11月現在76歳です。山口県下関市で生まれ、高校時代には甲子園に出場。1974年に伊達春樹名義で歌手デビューし、北島三郎さんの付き人兼前唄を務めながら経験を積みました。
1980年発売の「みちのくひとり旅」は翌1981年にミリオンヒットとなり、NHK紅白歌合戦への初出場につながりました。その後も「奥入瀬」「夢街道」「花も嵐も」などの楽曲を発表し、長年にわたって演歌界で活躍しています。
そして2026年には、新曲「桜龍~さくらりゅう~」を7月に発売。10月には全16曲収録の「山本譲二 全曲集」もリリースされました。11月も全国各地でコンサート出演が予定されています。
山本譲二さんの76歳という年齢は、長い歌手人生の現在地を示す数字です。伊達春樹としてのデビューから52年。数々の転機を乗り越えながら、新しい作品を届け続ける姿こそ、現在の山本譲二さんを知るうえで見逃せないポイントです。
主要な確認資料
- テイチクレコード公式プロフィール・経歴
- 山本譲二公式ウェブサイト・バイオグラフィ
- テイチクレコード「桜龍~さくらりゅう~」商品情報
- テイチクレコード「山本譲二 全曲集」商品情報
- 山本譲二公式コンサートスケジュール(2026年11月)