2026年現在、笹倉世凪(ささくら・せな)選手は、大分県別府市を拠点とする社会人硬式野球チーム「BEZEL sports academy」に所属する左腕投手として選手プロフィールに掲載されている。2026年7月1日更新の球歴.comでは、投手としての最速は149キロ。かつて仙台育英高校の「スーパー1年生」として甲子園を沸かせた逸材は、高校時代の退学を経て、別府から再びプロ野球を目指す道を歩んできた。
注目したいのは、単に所属先が変わったという話ではない。2019年夏の甲子園での活躍、2020年の仙台育英退学、2022年のBEZEL sports academy加入、2023年7月の約3年ぶりとなる公式戦復帰、そして2024年以降の競技記録には、それぞれ異なる転換点がある。肩の故障からの回復や150キロ到達の情報も含め、2026年時点で確認できる経歴を整理する。
【2026年最新】笹倉世凪の現在はBEZEL sports academyの左腕投手
笹倉世凪の現在を知るうえで、まず押さえておきたいのが所属先だ。
球歴.comの2026年7月1日更新プロフィールでは、笹倉はBEZEL sports academy所属の投手として登録されている。プロフィール上の最速は149キロ。仙台育英高校を経て、現在は大分県の社会人硬式野球チームで活動する経歴になっている。
一球速報.com(OmyuTech)の選手プロフィールでも、BEZEL sports academy所属、背番号11、左投左打、ポジションは投手と掲載されている。年齢は23歳。出身校は秀光中等教育学校、仙台育英学園高校と記載されている。
つまり、笹倉は高校野球を離れた後に野球そのものを辞めたわけではない。現在確認できる選手情報からは、社会人野球の環境で競技を続けていることが分かる。
BEZEL sports academyとはどのようなチームなのか
BEZEL sports academyは、2021年4月に大分県別府市を拠点として設立された野球選手育成のための組織だ。運営する株式会社BEZELの公式施設紹介によると、元プロ野球選手らをスタッフに迎え、NPBやMLB、独立リーグ、海外大学、社会人野球など、それぞれの目標に向けた選手育成を掲げている。
監督を務めるのは、元福岡ソフトバンクホークスなどでプレーした川口容資氏。公式サイトでは、自主性を重視し、選手が自分で考えて行動するチームづくりを方針として紹介している。
練習環境としては別府市民球場をはじめ、専用ジムや室内練習施設などを活用。競技力だけでなく、コンディショニングや身体づくりにも取り組める環境が整えられている。
笹倉が高校時代の経歴を経て、再び本格的に野球に取り組む場所として選んだのが、この別府の環境だった。BEZELへの加入は、競技人生を立て直すうえで大きな転換点になった。
【仙台育英時代】甲子園で注目されたスーパー1年生の実績
笹倉世凪が全国的に名前を知られるようになったのは、2019年夏の第101回全国高校野球選手権大会だった。
当時の所属は宮城県の強豪・仙台育英高校。背番号11をつけた左腕として、1年生ながら甲子園のマウンドを経験した。
2019年夏、1年生ながら145キロを記録
2019年8月、笹倉は甲子園で先発と救援の両方を経験した。飯山との1回戦では先発して3回1安打1失点。鳴門との2回戦では救援で3回を投げ、2安打無失点に抑えた。
さらに敦賀気比との3回戦では、1点リードの九回1死三塁という緊迫した場面で登板。自己最速を更新する145キロの直球を記録し、相手打者を空振り三振に仕留めて試合を締めくくった。
この投球は大きな注目を集め、メディアでも「スーパー1年生」と紹介された。デイリースポーツの2019年8月18日付の記事では、笹倉の救援登板と145キロの直球が取り上げられている。
一方、準々決勝の星稜戦では厳しい結果も経験した。8回無死二塁から3番手で登板したものの、暴投や適時打などで2失点。1死も奪えずに降板した。仙台育英は1対17で敗れ、ベスト4進出を逃している。
しかし、1年生の段階で甲子園の複数試合に登板し、先発と救援の双方を任された経験は大きい。高校野球の舞台で早くから実力を認められた選手だったことに疑いはない。
投手だけではない。打撃でも評価された二刀流の才能
笹倉の魅力は投球だけではなかった。
スポーツナビが2020年3月に掲載した野球ライター大利実氏の記事によると、笹倉は中学時代から投打両面で高い能力を見せていた。秀光中では1年夏から5季連続で全国大会に出場。3年夏の全国中学校軟式野球大会では12打数5安打を記録した。
仙台育英に進んでからも打撃力は際立っていた。2019年秋の宮城大会では、準々決勝の東北戦で逆転サヨナラ3ランを放つなど、公式戦12試合で打率4割8分8厘、17打点、3本塁打を記録した。
同記事では、投手としては制球面に課題を感じていた一方、打者としてチームに貢献することにも強い意欲を持っていたことが紹介されている。
高校1年生の時点で、140キロ台中盤の直球と長打力を兼ね備えていたことが、将来のドラフト候補として名前が挙がった背景にある。
149キロを記録し、150キロを目標にした2020年
2020年1月には、ブルペンで自己最速の149キロを計測したとスポーツナビが報じている。当時の笹倉は、センバツで150キロを出すことを目標にしていた。
ただし、球速だけを追い求めていたわけではない。本人は投球フォームをスリークォーターに近い角度へ調整し、制球の安定やスライダーの精度向上にも取り組んでいた。
2020年春のセンバツは新型コロナウイルスの影響で中止となった。再び甲子園で投げる機会を失ったことも、笹倉の高校野球時代を振り返るうえで外せない出来事だ。
【経歴年表】退学から別府での再起、公式戦復帰までの転換点
笹倉世凪の経歴は、甲子園で注目された2019年から、2020年の高校退学、別府での再出発、2023年の公式戦復帰へと続く。
それぞれの出来事を整理すると、次のようになる。
| 時期 | 所属・出来事 | 確認できる内容と意味 |
|---|---|---|
| 2019年夏 | 仙台育英高校 | 1年生で甲子園に出場。最速145キロを記録しベスト8進出。 |
| 2019年秋 | 仙台育英高校 | 打率.488、17打点、3本塁打。投打両面で活躍。 |
| 2020年1月 | 仙台育英高校 | ブルペンで149キロを計測。センバツで150キロを目指す。 |
| 2020年9月 | 高校退学 | 本人が退学を認めたと報道。具体的な理由は公表されていない。 |
| 2022年1月 | BEZEL sports academy | 大分県別府市を拠点とする育成環境に加入。 |
| 2023年7月2日 | 全日本クラブ野球選手権中九州予選 | 約3年ぶりの公式戦に出場。野手と投手の両方でプレー。 |
| 2024年 | BEZEL sports academy | 都市対抗中九州地区予選などに出場。投手としても登板記録がある。 |
| 2025年 | BEZEL sports academy | 都市対抗予選、全日本クラブ野球選手権中九州予選で野手として出場。 |
| 2026年7月 | BEZEL sports academy | 球歴.comのプロフィールで投手登録、最速149キロと掲載。 |
この年表から見えてくるのは、退学後すぐに公式戦へ復帰したわけではないということだ。高校を離れてから別府で競技環境を整え、実戦の舞台に戻るまでには時間が必要だった。
特に2023年の復帰は重要な節目だ。高校時代に注目された選手が、長い空白を経て社会人クラブチームの公式戦に戻ったことを示している。
【退学理由の真相】笹倉世凪はなぜ仙台育英を離れたのか
笹倉世凪について検索する人が特に気にしているのが、2020年9月の仙台育英高校退学をめぐる経緯だ。
この件については、2020年10月26日付のNEWSポストセブンの記事が大きく報じた。ライブドアニュースでも同報道が紹介され、仙台育英の主力投手だった2年生が9月の大会から姿を見せなくなり、退学していたことが伝えられた。
本人が認めた退学時期
報道によると、本人は取材に対して次のように答えている。
「9月に退学しました」
また、野球を続けるのかという質問に対しては、続ける意思を示したと報じられている。
当時、仙台育英の須江航監督は取材に対して「お答えすることはございません」と回答していた。学校側から退学の具体的な事情が公表されたわけではない。
退学理由として広がった不祥事説は事実なのか
退学報道の後、インターネット上では不祥事や動画流出など、さまざまな情報が広がった。
しかし、これらはSNSや匿名投稿を中心とする情報であり、退学理由を裏付ける公式発表や信頼できる報道によって確定されたものではない。
NEWSポストセブンの報道で確認できるのは、本人が2020年9月に退学したと認めたこと、野球を続ける意思を示したこと、そして具体的な理由については明らかにされていないことだ。
したがって、ネット上の不祥事説を退学の確定理由として扱うことはできない。退学した事実と、その理由に関する未確認情報は明確に分けて考える必要がある。
また、当時の報道では転校した場合の公式戦出場資格についても触れられていた。高校野球の制度上、転校後の出場には一定の制限があり、甲子園を目指す道は大きく変わった。
ただし、笹倉は野球を辞める選択をしたわけではなかった。その後のBEZEL sports academy加入と公式戦復帰が、その経緯を物語っている。
【別府での再起】3年ぶり公式戦復帰と肩のケガ、150キロへの挑戦
高校を離れた笹倉が再び競技者として注目されたのは、別府での活動が報じられるようになってからだ。
2022年にBEZELへ加入、2023年に公式戦復帰
2023年6月29日、スポーツジャーナリストの田尻耕太郎氏はYahoo!ニュースで「消えたドラフト1位候補」として笹倉の近況を紹介した。
記事では、BEZEL sports academyに加入して再起を目指していること、そしてクラブ野球選手権の予選で約3年ぶりに公式戦登板する予定であることが取り上げられた。
その後、田尻氏は2023年7月2日に佐賀市のさがみどりの森球場で開催された第47回全日本クラブ野球選手権中九州予選を現地取材。笹倉の復帰戦をレポートしている。
この試合で笹倉は、九州工科自動車専門学校との1回戦に4番・ファーストとして先発出場した。
4対4で迎えた5回表には勝ち越しの犠牲フライを放ち、6回にはセンター前ヒットも記録。さらに8対4で迎えた7回裏にはリリーフとしてマウンドに上がった。
復帰戦で投手と野手の両方を経験したことは、笹倉の二刀流としての特徴をよく表している。
本人は同取材で、次のような意向を示していた。
「ピッチャーで勝負したい」
打者としても結果を残せる一方で、最終的には投手として勝負したいという意思を持っていた。高校時代からの投手としての目標が、別府での再起にもつながっていた。
肩のケガは完治したのか
復帰への道のりを考えるうえで、肩のコンディションも要点だ。
2024年6月1日付で紹介された近況情報では、笹倉は心身ともに好調を維持し、肩のケガも完治したとされていた。加えて、球速は自己最高となる150キロに到達したという内容も紹介されている。
ただし、肩の故障が完治したという情報と、長期間にわたって安定した公式戦登板を続けられる状態にあることは同じではない。
一球速報.comの記録では、2024年4月20日の都市対抗野球中九州地区1次予選で大福ロジスティクスを相手に救援登板し、4イニング、3安打、5奪三振を記録している。一方、同年9月8日の九州クラブ中九州1次予選では先発登録があるものの、投球回などの実績は記録されていない。
同年11月のJABA大分県選手権大会では一塁手として出場している。2025年の記録でも都市対抗予選や全日本クラブ野球選手権予選で野手としての出場が確認できる。
つまり、肩の回復が紹介された後も野手として出場する機会があったことは分かるが、投手としての継続的な登板状況については、公開された記録だけでは判断できない。
最速149キロと150キロ、数字が異なる理由
笹倉の球速を調べると、149キロと150キロという2つの数字が見つかる。
この違いには、記録された時期と情報源を分けて考える必要がある。
- 2019年夏:甲子園で145キロを記録。
- 2020年1月:ブルペンで149キロを計測したとスポーツナビが報道。
- 2024年6月:近況紹介で自己ベスト150キロ到達とされた。
- 2026年7月:球歴.comのプロフィールでは最速149キロと掲載。
2020年時点での149キロは、実際に報道されたブルペン計測の数字だ。一方、2024年の150キロは、その後に紹介された自己ベストの情報に当たる。
2026年のプロフィールに149キロと記載されているからといって、過去の150キロ計測が必ずしも誤りになるわけではない。プロフィールの更新時期や登録基準、計測情報の反映状況によって数字が異なる可能性がある。
また、球速の最高値だけでは投手としての現在地は測れない。制球力、球質、変化球、投球回数、故障の再発リスクなども含めて評価することが大切だ。
【プロの結論】笹倉世凪の再起を評価する3つのポイント
笹倉世凪の競技人生を振り返ると、甲子園での活躍と高校退学という大きな出来事だけに注目しがちだ。しかし、現在の選手としての価値を考えるなら、別の視点も必要になる。
1. 公式戦に戻ったこと自体が大きな転換点
2023年7月の公式戦復帰は、笹倉のキャリアにおける重要な実績だ。
高校時代に注目された選手であっても、競技環境が変われば、練習方法、チーム内での役割、試合への適応などを一から積み上げる必要がある。約3年ぶりの公式戦で犠牲フライや安打を記録し、さらに救援登板まで経験したことは、競技復帰の具体的な証拠になっている。
2. 150キロよりも継続的な投手成績が重要
149キロや150キロという数字は、笹倉の潜在能力を示す魅力的な指標だ。しかし、社会人野球で投手として評価されるには、球速以外の要素も欠かせない。
特に重要なのは、年間を通した登板数、投球回、奪三振と与四球のバランス、被打率、そして故障なく投げ続けられるかどうかだ。
一球速報.comの掲載記録では、2024年4月20日の登板で4イニング5奪三振という内容が確認できる。こうした実戦の記録を継続的に積み重ねられるかが、今後の評価を左右する。
3. 現在の所属とプロ入りの実現は別問題
BEZEL sports academyに所属し、プロを目指せる環境にいることは確認できる。一方、2026年の所属プロフィールや最速記録だけで、NPB球団からの指名や契約が決まっていると判断することはできない。
今後の動向を見る際には、次の3点を基準にするとよい。
- 2026年の公式戦で投手として登板した実績が公表されているか。
- 球速だけでなく、投球回や奪三振、与四球などの成績が改善しているか。
- 肩のコンディションを維持しながら、年間を通じて継続的にプレーできているか。
笹倉の再起を評価するうえで大切なのは、過去の肩書や高校時代の期待値ではない。現在の競技環境で、どれだけ実績を積み上げられるかという点にある。
【よくある質問】笹倉世凪の現在・経歴・退学に関するFAQ
Q1:笹倉世凪は2026年現在どこに所属していますか?
A1:2026年7月1日更新の球歴.comでは、大分県別府市を拠点とするBEZEL sports academy所属の投手として掲載されています。一球速報.comでも同チーム所属、背番号11、左投左打と紹介されています。
Q2:笹倉世凪の仙台育英高校の退学理由は何ですか?
A2:2020年9月に退学したことは本人の取材回答として報道されています。しかし、具体的な退学理由は公表されていません。SNSなどで広がった不祥事説や動画流出説についても、確定した事実として裏付けられていません。
Q3:笹倉世凪は甲子園で何キロを投げましたか?
A3:2019年夏の甲子園では最速145キロを記録しています。その後、2020年1月にはブルペンで149キロを計測したと報道されました。
Q4:笹倉世凪は150キロを記録したのですか?
A4:2024年6月の近況紹介では、自己ベスト150キロに到達したとされています。一方、2026年7月更新の球歴.comでは149キロと掲載されています。計測時期とプロフィールの更新情報を分けて見る必要があります。
Q5:笹倉世凪は公式戦に復帰していますか?
A5:はい。2023年7月2日の全日本クラブ野球選手権中九州予選で、約3年ぶりに公式戦へ出場しました。4番・一塁で先発し、犠牲フライと安打を記録したほか、救援登板も経験しています。
Q6:笹倉世凪の肩のケガは現在完治していますか?
A6:2024年6月の近況情報では完治したと紹介されていました。ただし、2026年現在の医学的な状態や最新のリハビリ状況を示す詳細な公式発表は確認できません。2024年以降の登板記録と合わせて判断する必要があります。
まとめ:笹倉世凪の現在は別府からの再起、その先にあるプロへの挑戦
笹倉世凪は、2019年夏に仙台育英のスーパー1年生として甲子園を沸かせた左腕だ。145キロの直球に加え、長打力も備えた二刀流として将来を期待されていた。
しかし、2020年9月に高校を退学。具体的な理由は現在も公表されていない。その後、BEZEL sports academyに加入し、大分県別府市を拠点に競技生活を再スタートさせた。
2023年7月には約3年ぶりの公式戦復帰を果たし、野手として打点と安打を記録。投手としてもマウンドに上がった。2024年には肩の回復と150キロ到達が紹介され、2026年7月の選手プロフィールでは最速149キロの投手として登録されている。
一方、2025年の公開試合記録では野手としての出場も確認でき、2026年の投手としての公式戦登板状況には、なお確認すべき部分が残る。
笹倉世凪の物語は、甲子園で注目された過去だけで評価するものではない。高校時代の挫折を経て、社会人野球の環境で競技を続けていることこそ、現在のキャリアを理解するうえで要点だ。
今後、再び投手として安定した公式戦登板を重ねられるのか。そして149キロ、150キロという球速を実戦でどのように生かすのか。別府からの再起が次のステージにつながるかどうか、引き続き注目される。
編集上の主要な参照資料
- スポーツナビ・大利実氏「仙台育英・笹倉世凪は“東北の宝”」:中学・高校時代の実績、149キロ計測。
- デイリースポーツ:2019年夏の甲子園での登板と145キロ。
- 田尻耕太郎氏の2023年現地取材:3年ぶりの公式戦復帰と二刀流出場。
- BEZEL sports academy公式施設紹介:設立背景、別府の施設、指導体制。
- 一球速報.com:所属、背番号、投手成績、2024・2025年の出場記録。
- 退学報道:NEWSポストセブンの報道を紹介したライブドアニュース。