2026年10月現在、ベテラン漫才コンビのおぼん・こぼんは解散しておらず、2人そろってコンビ活動を続けている。 1965年の結成から61年。長年にわたる絶縁状態や解散危機を経験し、2021年にはTBS系『水曜日のダウンタウン』の企画「おぼん・こぼん THE FINAL」で劇的な和解を果たした。2026年にはおぼんの入院も報じられ、健康面にも関心が集まっている。
特に注目したいのは、和解から5年が経過した現在の2人の関係だ。おぼんの腎盂腎炎による入院、その後に明らかになった脊柱管狭窄症の悪化、そして浅草東洋館での出演予定を追うと、コンビとしての活動が現在も続いていることが分かる。不仲の発端となった漫才協会の理事選、ナイツ塙宣之の関わり、こぼんの娘の結婚式で起きた出来事まで、2人の歩みを時系列で整理する。
【2026年現在】おぼん・こぼんは解散していない!2人の最新活動状況
まず気になる現在の活動状況から確認したい。
結論は明確だ。おぼん・こぼんは現在もコンビとして活動している。
その根拠となるのが、浅草フランス座演芸場東洋館の公式公演スケジュールだ。
2026年11月9日の漫才協会公演では、第二部の16時45分におぼん・こぼんの名前が掲載されている。加えて、翌10日の「漫才特選会」でも16時45分の出演が予定されている。
これは、単に過去のコンビ名が残っているという話ではない。2026年10月29日時点で、2人がそろって舞台に立つ予定が確認できるということだ。
おぼんの2026年の活動と健康状態
おぼんは1949年2月2日生まれ。2026年現在77歳である。
2026年6月26日、おぼんは自身のSNSを通じて腎盂腎炎による入院を報告した。
報道によると、入院したのは6月24日。本人は4年前にも同じ病気を経験していたことを明かし、40度近い発熱に苦しんでいると伝えていた。
当時、本人は6月28日または29日ごろの退院を予定していると説明していた。これはあくまで当時の予定であり、その後の具体的な退院経過とは区別する必要がある。
このニュースは、日刊スポーツやオリコンなど複数のメディアでも取り上げられた。
さらに8月26日には、別の健康上の変化も明らかになった。
おぼんは自身のXで、脊柱管狭窄症の悪化を理由に、約70年間続けてきた野球のプレーから引退する意向を表明した。
ここで注意したいのは、引退を表明したのは野球であり、漫才師としての引退ではないという点だ。
2026年10月現在、漫才活動そのものを終了するという発表は確認されていない。
こぼんの現在と活動状況
こぼんは1948年12月24日生まれ。2026年10月現在77歳だ。
本名は馬場添良一。おぼんとは大阪の高校時代からの同級生で、長年にわたりコンビを組んできた。
こぼんについては、2022年3月の共著『東京漫才』出版記念会見で、国指定難病の全身性アミロイドーシスを患っていることを公表した。
当時は、病気について自覚症状がなく元気に活動していると説明していた。
その後の具体的な病状については、公開情報が限られている。一方、2026年11月の浅草東洋館公式スケジュールには、おぼんとのコンビ名で出演予定が掲載されている。
つまり、2026年の近況を整理すると、おぼんには入院や運動面の制約に関する報道があったものの、2人のコンビ活動は継続している。
【結成1965年】おぼん・こぼんの経歴と61年間の漫才人生
おぼん・こぼんの歴史は、テレビ番組で知られるようになった不仲エピソードだけでは語れない。
2人は大阪福島商業高校(現在の履正社高校)の同級生として出会い、1965年に漫才コンビを結成した。
当初から長年の絶交状態があったわけではない。高校時代から一緒に活動し、若手時代には同じ目標に向かって芸を磨いてきた。
おぼん・こぼんのプロフィール
| 項目 | おぼん | こぼん |
|---|---|---|
| 本名 | 井上博一 | 馬場添良一 |
| 生年月日 | 1949年2月2日 | 1948年12月24日 |
| 出身 | 大阪府 | 兵庫県 |
| 2026年の年齢 | 77歳 | 77歳 |
| 得意な楽器 | トロンボーン | サックス |
| コンビ結成 | 1965年 | 1965年 |
プロフィールと結成時期は、所属情報や出版社の著者紹介などで確認できる。
1980年「お笑いスター誕生!!」で大ブレーク
若手時代の2人は、大阪での活動を経て東京に進出。キャバレーやレストランシアターなどの舞台で経験を積んだ。
特に重要なのが、赤坂のレストランシアター「赤坂コルドンブルー」での活動だ。
ここでは漫才だけでなく、歌や音楽、タップダンスなどを取り入れたショービジネスの感覚を磨いていった。
1980年には、日本テレビ系のオーディション番組『お笑いスター誕生!!』で10週連続勝ち抜きのグランプリを獲得。
これを機に知名度を高め、1980年代初頭の漫才ブームでも活躍した。
また、1969年にはNHK漫才コンクールで努力賞、1972年には敢闘賞を受賞している。
2人の漫才が現在まで続いている理由
おぼん・こぼんの芸風は、一般的な掛け合い漫才だけにとどまらない。
- 歌を取り入れた音曲漫才
- タップダンス
- トロンボーンとサックスの演奏
- コントやフリートーク
- 観客との距離が近い舞台進行
こうした複合的なエンターテインメント性が、2人の大きな特徴だ。
東洋経済オンラインの2022年のインタビューでも、おぼんは歌って踊って笑わせるステージが好きであることを語っている。
漫才だけではなく、音楽やショーを含む舞台そのものが、2人をつなぐ共通の目標だった。
【不仲の理由を徹底検証】2015年の漫才協会理事選から解散危機まで
おぼん・こぼんが不仲になった理由は何だったのか。
この疑問については、2021年の『水曜日のダウンタウン』と、2022年に発売された共著『東京漫才』が重要な手掛かりとなる。
大きな転機となったのは、2015年の漫才協会理事選だった。
不仲の決定打は漫才協会の選挙
番組内でナイツの塙宣之が説明したところによると、2015年の漫才協会理事選で、こぼんが初めておぼんより多くの票を獲得した。
当時の順位は、こぼんが3位、おぼんが4位だった。
おぼんは長年、漫才協会の活動に尽力してきたという自負があった。そのため、自分よりこぼんの評価が上回った結果に強い不満を抱いたとされる。
一方、こぼんは、おぼんが理事としての仕事を放棄したことに不満を募らせた。
その後、おぼんが漫才協会や東洋館に姿を見せなくなる時期もあり、2人の関係はさらに悪化していった。
塙は、双方に言い分があるという趣旨で当時の状況を説明している。
借金問題も不仲の背景にあった
もう一つ見逃せないのが、おぼん自身の経済的な事情だ。
2022年3月の『東京漫才』出版記念会見で、2人は不仲の真相について語った。
日刊スポーツの報道によれば、おぼんはバブル期にゴルフ場の会員権をめぐる詐欺被害に遭い、約6000万円の借金を抱えていた。
その後、ローンや養育費などの支払いを長期間続けていたという。
おぼんは、それらの支払いが終わったことによって、コンビを解散してもよいという気持ちが生まれたと説明している。
つまり、漫才協会の選挙だけが不仲の原因だったわけではない。
長年の仕事上の評価、互いの価値観の違い、経済的な負担から解放されたことによる心境の変化など、複数の要因が重なっていた。
おぼん・こぼんの不仲から和解までの年表
2人の関係がどのように変化していったのか、主要な出来事をまとめた。
この年表から分かるのは、不仲が一度の口論で生まれたものではなく、長い年月をかけて積み重なった問題だったということだ。
【水曜日のダウンタウン】おぼん・こぼん THE FINALの仲直りの真相
おぼん・こぼんの名前を全国的に再び知らしめたのが、TBS『水曜日のダウンタウン』だった。
特に2021年10月6日に放送された「おぼん・こぼん THE FINAL」は、単なるバラエティー企画の枠を超えた内容として大きな反響を呼んだ。
ナイツ塙宣之と土屋伸之が仲裁役に
この企画で重要な役割を果たしたのが、後輩コンビのナイツだ。
塙宣之と土屋伸之は、長年2人の関係を見守ってきた存在だった。
2019年2月には、ナイツ立ち会いのもとで解散ドッキリを仕掛ける企画が放送された。
ところが、ドッキリは単なる笑い話では終わらなかった。2人の対立が表面化し、関係はさらに険悪になっていく。
同年7月には催眠術を使った仲直り企画も放送されたが、これも成功しなかった。
その後、番組は約2年をかけて関係修復の可能性を追い続けた。
放送文化基金賞の公式記録でも、この企画は2019年から続いた2年間の仲直りプロジェクトの完結編として紹介されている。
こぼんの娘の結婚式が和解の舞台になった
「THE FINAL」の中心となったのが、こぼんの娘・いづみさんの結婚式だった。
いづみさんは、おぼんを第二のお父さんのように慕っていた。
そのため、結婚式には父親であるこぼんだけでなく、おぼんにも出席してほしいと願っていた。
2人がそろって結婚式に出席することは、家族にとっても特別な意味を持っていた。
しかし、式は最初から最後まで穏やかに進んだわけではない。
2人は一度握手を交わしたものの、ちょっとした言葉の行き違いから再び激しく対立。こぼんからは漫才を辞めるという趣旨の発言まで飛び出し、コンビ解散の危機に直面した。
番組内では、周囲の家族やナイツ、関係者が必死に仲裁する様子も放送された。
最後におぼんが歩み寄り、和解が成立
最終的に、2人の関係を変えるきっかけとなったのは、おぼんが自分の意地を認め、もう一度コンビをやり直そうと歩み寄ったことだった。
2人は改めて握手を交わし、長年の絶縁状態に終止符を打った。
加えて、和解後には浅草東洋館で漫才を披露する姿も放送された。
10年以上披露していなかったという会話中心の漫才を、2人がそろって舞台で演じたことも印象的だった。
番組の最後を飾ったのは、再び漫才師として歩み出す2人の姿だった。
この企画は2021年10月度のギャラクシー賞月間賞を受賞。さらに第48回放送文化基金賞では、テレビエンターテインメント番組部門の最優秀賞に選ばれた。
【和解後の関係】おぼん・こぼんは本当に仲直りしたのか?
テレビで劇的な和解を果たした2人だが、気になるのは放送終了後の関係だろう。
番組で握手しただけで、以前のような不仲に戻ってしまったのではないか。
この疑問に対して重要な資料となるのが、2022年7月に掲載された東洋経済オンラインの本人取材だ。
和解後は普通に会話や打ち合わせができる関係へ
取材では、和解から約8カ月後の2人が浅草東洋館の舞台で共演する姿が紹介された。
以前は舞台上でも目を合わせないほど険悪だったが、取材時には互いに目を合わせ、笑い合いながら漫才をしていた。
特に注目したいのは、マネージャーの証言だ。
40年以上にわたり2人を支えてきたマネージャーは、関係が普通に戻ったことで、舞台の打ち合わせや演目についての相談が再びできるようになったと説明している。
これは単にテレビで仲直りしたというだけではない。
芸人として必要な意思疎通が復活したことを意味している。
仲良しアピールだけでは説明できない2人の距離感
一方、和解したからといって、2人が常に仲良く行動するようになったわけではない。
東洋経済オンラインの取材では、こぼんが2人の関係を夫婦のようなものと表現し、長年一緒に活動する中で倦怠期のような時期があったことにも触れている。
おぼんも、共通の目標を持つことの大切さを語っていた。
つまり、和解後の関係は、いつも仲良しという単純なものではない。
個性も考え方も違う2人が、共通して好きな舞台を続けるために、互いの感情をいったん脇に置くことを覚えたという側面がある。
この変化こそ、2021年の和解が一時的な演出ではなかったことを示す要点だ。
共著『東京漫才』に記された本音
2022年3月28日には、2人の共著『東京漫才』が飛鳥新社から発売された。
この本は、1965年の結成から下積み時代、1980年代の漫才ブーム、不仲の真相、そして仲直りまでを、それぞれの視点から振り返った自伝的回顧録だ。
テレビでは語り切れなかった部分も扱っており、2015年の理事選や借金問題、芸人としての価値観の違いなど、長年の関係を理解する手掛かりになる。
番組を見て2人の和解に感動した人にとっても、テレビとは異なる角度から関係性を理解できる資料だ。
【2026年最新出演情報】浅草東洋館でのおぼん・こぼんの活動
2026年10月29日時点で確認できる、今後の浅草東洋館の出演予定は次のとおりだ。
| 日程 | 出演予定 | 出演時間 |
|---|---|---|
| 2026年11月9日(月) | 漫才協会・11月上席 | 16時45分 |
| 2026年11月10日(火) | 漫才特選会 | 16時45分 |
11月9日は漫才協会の定席公演、11月10日は漫才特選会への出演予定となっている。
いずれも第二部のトリに近い時間帯に名前が掲載されており、長年の経験を持つベテランとして舞台に登場する予定だ。
浅草東洋館が2人にとって特別な場所である理由
浅草東洋館は、漫才やコントなどの演芸を楽しめる東京の代表的な寄席の一つだ。
おぼん・こぼんにとっても、長年活動の中心としてきた重要な舞台である。
2人の漫才は、テレビ番組のように編集された映像だけでは伝わりにくい部分がある。
音楽、タップ、会話、観客との掛け合いなど、その場の空気を生かす芸だからだ。
2021年の和解企画で東洋館の舞台に戻ったことは、2人にとって単なる復帰ではなく、コンビとしての原点を再確認する出来事だった。
【プロの結論】2026年のおぼん・こぼんをどう見るべきか
2026年のおぼん・こぼんを理解するうえで、押さえておきたい要点は3つある。
1つ目は、和解と活動継続は別々の問題ではないということ。
2人は2021年に仲直りした後、実際に舞台の打ち合わせや共演を再開した。2026年にもコンビ名での出演予定が掲載されている。
2つ目は、健康上の問題とコンビ解散を混同しないこと。
おぼんの腎盂腎炎による入院や脊柱管狭窄症の悪化は事実だが、それを理由に漫才師を引退したという発表はない。野球からの引退と芸能活動からの引退は、まったく異なる話だ。
3つ目は、和解を「完全に昔の関係へ戻った」と捉えないこと。
2人は長年の不仲を経て、互いの違いを抱えながら共通の目標に向かって活動する関係になった。
これは、単に仲良しになったという話よりも深い変化だ。
長い芸歴を持つ2人が、個人的な感情だけでなく、舞台に立つことそのものを大切にしている点に、おぼん・こぼんというコンビの本質がある。
【おぼん・こぼんの現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:おぼん・こぼんは2026年現在もコンビを続けていますか?
2026年10月現在もコンビ活動を継続している。浅草東洋館の公式スケジュールには、11月9日と10日の出演予定が掲載されている。
Q2:おぼん・こぼんが不仲になった理由は何ですか?
2015年の漫才協会理事選が大きなきっかけだった。こぼんがおぼんより多くの票を獲得したことで、おぼんが不満を抱き、理事としての活動をめぐって2人の対立が深まった。経済的な事情や長年の価値観の違いも背景にあった。
Q3:おぼん・こぼんが仲直りしたのはいつですか?
2021年10月6日放送のTBS『水曜日のダウンタウン』「おぼん・こぼん THE FINAL」だ。こぼんの娘の結婚式をきっかけに、2人は最終的に握手を交わして和解した。
Q4:おぼんは2026年に何の病気で入院しましたか?
2026年6月24日に腎盂腎炎で入院した。6月26日に本人がSNSで報告し、40度近い発熱があったことも明かした。
Q5:おぼんは芸能界を引退するのですか?
2026年8月に公表したのは、脊柱管狭窄症の悪化による野球のプレーからの引退だ。漫才師としての引退発表ではない。
Q6:こぼんは現在も漫才を続けていますか?
続けている。2026年11月の浅草東洋館の公演予定には、おぼん・こぼんとして出演が掲載されている。
Q7:おぼん・こぼんの仲直りを後押しした芸人は誰ですか?
ナイツの塙宣之と土屋伸之だ。2019年の解散ドッキリや、その後の仲直り企画で重要な役割を果たした。2021年の「THE FINAL」でも2人の和解を支えた。
まとめ:おぼん・こぼんは2026年も舞台で活動を続ける
おぼん・こぼんは1965年の結成以来、61年間にわたって漫才の世界を歩んできた。
2015年の漫才協会理事選をきっかけに関係が悪化し、2019年には解散寸前の状態にまで追い込まれた。しかし、ナイツや家族の支え、そして2021年の『水曜日のダウンタウン』「おぼん・こぼん THE FINAL」を通じて、2人は再びコンビとして歩き始めた。
2026年には、おぼんの腎盂腎炎による入院や脊柱管狭窄症の悪化が報じられた。それでも、10月29日時点で浅草東洋館の11月公演には2人そろって出演予定が掲載されている。
おぼん・こぼんは解散していない。そして、和解はテレビの中だけで終わったわけでもない。
2人が共有してきた漫才、音楽、タップダンス、そして舞台への情熱。それらが、長年の不仲を乗り越えて現在までコンビを続ける大きな支えになっている。
これからも注目したいのは、仲良しであるかどうかだけではない。77歳を迎えた2人が、どのような形で舞台に立ち続け、どんな漫才を届けてくれるのかということだ。
1965年に始まった2人の漫才人生は、2026年もまだ続いている。