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【ですよ。のプロフィール】本名・年齢・出身地・所属事務所を紹介

長谷 莉子 長谷 莉子 • 更新: • 公開: • 読了約 16 分
目次

ですよ。は、吉本興業に所属する男性ピン芸人だ。赤い衣装や独特のラッパー風のスタイル、謝罪を繰り返す漫談で知られている。

吉本興業の公式タレントプロフィールに掲載されている情報を中心に、2026年11月時点の基本プロフィールをまとめた。

項目 内容
芸名 ですよ。
本名 斉藤哲也(さいとう・てつや)と紹介されている
生年月日 1976年2月12日
年齢 50歳(2026年11月現在)
出身地 東京都
出身地の詳細 東京都足立区とする人物情報もある
所属事務所 吉本興業
養成所 NSC東京校7期生
身長 175cm
体重 72kg
血液型 AB型
趣味 カフェでミルクティーを飲むこと
特技 スペイン語
主な芸風 謝罪ネタ・漫談

特に注目したいのは、本名の扱いだ。公演情報サイトのイープラスや人物情報サイトでは、斉藤哲也という名前が紹介されている。一方、吉本興業の公式プロフィールには本名の記載がない。公式に確認できる生年月日や所属、出身地とは情報の掲載元を区別して理解したい。

2026年現在の年齢は50歳

ですよ。は1976年2月12日生まれ。2026年2月12日に50歳の誕生日を迎えている。

芸人として広く知られるようになったのは2000年代。テレビでのブレイクから約20年が経過した現在も、代表ギャグを軸に活動している。

学歴は?NSC東京校7期生として芸人の道へ

芸人としての経歴で確実に確認できるのは、NSC東京校7期生という点だ。吉本興業の公式プロフィールにも記載されている。

一方、出身高校や大学については、吉本興業の公式プロフィールに学校名や卒業歴の記載はない。テレビ朝日の番組紹介では高校時代に3年間サッカーに打ち込んだことが紹介されているが、具体的な高校名を公式情報として確認できるものではない。

そのため、学歴を整理する際には、NSC東京校7期生という芸人養成所の経歴と、一般の学校教育に関する情報を分けて考える必要がある。

【異色の過去】ですよ。は芸人になる前にボリビアへサッカー留学していた

芸人ですよ

ですよ。の人生を振り返るうえで、意外性のあるエピソードがサッカー留学だ。

お笑い芸人として活動する以前、彼は18歳から22歳までの約4年間、南米ボリビアにサッカー留学していた。2021年4月放送のテレビ朝日系『激レアさんを連れてきた。』でも、この異色の過去が紹介されている。

ボリビアの強豪クラブでプレー

高校時代にサッカーに打ち込んだですよ。は、卒業後に南米でプレーする道を選んだ。

テレビ朝日の番組紹介によると、現地では強豪クラブとして紹介されたレアル・サンタ・クルスに所属することになった。日本で芸人を目指す前に、海外でサッカー選手として挑戦していたのである。

また、本人が2021年のマイナビニュースのインタビューで語ったところによると、ボリビア滞在中にはバスジャックに遭うという危険な経験もしている。

20歳ごろ、イグアスの滝を見に行こうとバスで移動していたところ、武装した人物たちに乗客全員が金品を奪われたという。その後、偶然乗り合わせていた日本人夫婦に助けられ、食事などの支援を受けたと振り返っている。

この出来事は、後に始める謝罪代行サービスの考え方にもつながっている。本人は、人生の中で人に助けてもらう機会が多かったことから、自分も誰かのために何かをしたいと思ったと説明している。

サッカー留学からお笑い芸人へ進路を変更

サッカー留学は、最終的にプロ選手としてのキャリアには結びつかなかった。しかし、海外での経験は無駄になったわけではない。

スペイン語を特技として持つことも、吉本興業の公式プロフィールに記載されている。海外生活で培った経験が、現在の人物像を形づくる一つの要素になっている。

サッカー選手になる夢からお笑い芸人への転身。一般的な芸人のプロフィールではあまり見られない経歴であり、ですよ。という人物を理解するうえで見逃せないポイントだ。

【エンタの神様】ですよ。の代表ギャグ「あ〜い、とぅいまてぇ〜ん」の誕生秘話

ですよ。の名前を聞いて、多くの人が思い浮かべるのが「あ〜い、とぅいまてぇ〜ん!」という謝罪ギャグだろう。

独特の発音とリズム、頭を下げる動作を組み合わせたこのネタは、2000年代のお笑い番組を代表する印象的なフレーズの一つとなった。

ギャグは舞台での失敗から生まれた

2019年の内外タイムスのインタビューでは、ですよ。本人がギャグの誕生について振り返っている。

芸歴2年目ごろ、ルミネtheよしもとに出演する機会を得た際、自信のあったショートコントを披露したものの、客席は静まり返ってしまった。そこで、とっさに謝罪の言葉を口にしたところ、予想外の笑いが起きたという。

舞台での失敗をきっかけに生まれた謝罪の一言が、後の代表的な芸風につながった。

加えて、別のショートコントでも同じような反応があったことから、このスタイルを続けることを決めたと、2026年のABEMA番組でも本人が説明している。

『エンタの神様』で全国的に知名度を獲得

ですよ。の知名度を大きく押し上げたのが、日本テレビ系の人気お笑い番組『エンタの神様』だった。

マイナビニュースの2021年のインタビューによると、出演期間は約5カ月。本人も、出演期間は短かったものの反響は大きかったと振り返っている。

興味深いのは、本人が同番組への出演を長期間のレギュラー活動ではなく、短期間の大きなブレイクとして捉えていることだ。

内外タイムスのインタビューでは、2006年11月から2007年3月までの5カ月間だったと具体的に説明している。その後はテレビ出演が減り、女装やフリップを使ったネタなど、さまざまなスタイルにも挑戦したという。

しかし、なかなか結果にはつながらなかった。2008年には友人の結婚式の二次会で謝罪ネタを披露したものの、厳しい反応を受けた経験も明かしている。

一発屋で終わらないために選んだ道

テレビ出演が減った後も、ですよ。は代表ギャグを捨てなかった。

むしろ、同じネタを続けることにこだわり、舞台やライブなどで磨き続ける方向へ進んだ。周囲から別のネタを求められることもあったが、自分の人生だからこそ、やりたい芸を続けようと考えたという。

この選択が、後の謝罪代行という活動にもつながる。単なる懐かしのギャグではなく、実際に誰かの役に立つサービスとして展開できる点に、ですよ。独自の強みがある。

【経歴・年表】ですよ。の過去から2026年までの活動を整理

ここでは、公開されているプロフィールや本人インタビュー、番組出演報道をもとに、主要な転換点を時系列で整理する。

時期 出来事 内容・意味
1976年2月12日 誕生 東京都出身
高校時代 サッカーに熱中 3年間サッカーに打ち込む
18歳〜22歳 ボリビア留学 現地で約4年間サッカーに挑戦
NSC東京校7期 芸人への道 吉本興業の養成所で学ぶ
2006年11月〜2007年3月 エンタの神様 約5カ月間の出演で知名度を獲得
2008年ごろ 芸風を模索 テレビ出演減少後も活動を継続
2019年9月 謝罪代行を開始 代表ギャグを生かした新サービス
2020年ごろ 17LIVEで活動 ライブ配信にも活動領域を拡大
2021年 インタビュー・番組出演 謝罪代行や過去の経験を紹介
2026年 ABEMA番組に出演 代表ギャグの誕生秘話と現在の活動を紹介

この年表で重要なのは、テレビ出演によるブレイクと、謝罪代行を始めた時期が異なることだ。『エンタの神様』での成功が直接的に現在の活動を完成させたわけではない。テレビでの露出が減った時期を経て、独自のサービスを生み出している。

2019年の謝罪代行開始については、内外タイムスとマイナビニュースのインタビューで本人が経緯を説明している。また、2021年のマイナビニュースでは、17LIVEでの活動や芸人100人以上が参加した「イチナナ-1グランプリ」での優勝も紹介されている。

【2026年最新】ですよ。は現在何をしている?プロ謝罪師としての活動

2026年10月の出演報道あり

2026年現在のですよ。を語るうえで欠かせないのが、芸人としての活動と並行して展開している「プロ謝罪師」という肩書きだ。

代表ギャグを披露するだけでなく、実際に依頼者の代わりに謝罪するという独自の活動を続けている。

謝罪代行サービスは2019年9月にスタート

ですよ。が謝罪代行サービスを始めたのは2019年9月。本人がマイナビニュースのインタビューで説明したところによると、SNSを通じてサービス開始を告知した。

基本的な仕組みは、謝りたい相手がいるものの、自分では謝罪しにくい人に代わって、ですよ。本人が相手の指定する場所に出向き、代表ギャグを交えながら謝罪するというものだ。

2020年の内外タイムスのインタビューでは、依頼の受け付けや交渉、撮影などを基本的に一人で担当していると説明していた。

また、サービス開始当初には、相手が許してくれた場合にお気持ち程度の謝礼を受け取るという仕組みも紹介されていた。

謝罪代行を始めた理由は「自分のギャグを人のために使いたい」

このサービスの特徴は、単に面白い企画を提供するだけではない点にある。

ですよ。は、ボリビア留学中にバスジャックに遭い、現地で日本人夫婦に助けてもらった経験をインタビューで語っている。

自分が困ったときに人から助けてもらった経験があるからこそ、今度は自分が誰かのために行動したい。その思いが、謝罪代行を始める動機の一つになったという。

2021年のマイナビニュースでは、謝罪代行の依頼を通して、親への謝罪や家族との関係を取り持つようなケースがあったことも紹介された。本人は、自分のギャグが人の役に立つことに大きなやりがいを感じていると話している。

ただし、謝罪代行はあくまで民間のサービスとしての活動であり、法律上の代理人や専門家による交渉・紛争解決とは異なる。深刻なトラブルや法的問題では、弁護士などの専門家に相談する必要がある。

2026年10月にはABEMA『声優と夜あそび』に出演

2026年の新しい動きとして注目されたのが、ABEMAのアニメ声優バラエティ番組『声優と夜あそび』への出演だ。

2026年10月1日付のオリコン配信記事によると、ですよ。は「声優と夜あそび 日【森久保祥太郎×仲村宗悟】#18」にサプライズ出演した。

番組では、平成の懐かしい流行や当時のお笑いを振り返る企画に登場。森久保祥太郎と仲村宗悟の前で、おなじみの謝罪ギャグを披露した。

加えて、ギャグの誕生秘話を説明。養成所卒業後、初めて一般客の前でショートコントを披露した際、客席が静まり返り、とっさに謝ったことが現在の芸風につながったと話した。

この出演で特に興味深かったのは、50歳になった2026年も、代表ギャグを現役のネタとして磨き続けていることだ。

本人は番組内で、1日に28回以上練習し、年間最低1万回を目標にしていると説明。単純な懐かしネタではなく、現在進行形で取り組んでいる芸であることを示した。

また、近年の活動についてもプロ謝罪師として謝罪代行を行っていると紹介され、「本業は謝罪」という趣旨の発言もあった。芸人という肩書きにとどまらず、自分のギャグを仕事として成立させようとする姿勢がうかがえる。

現在の活動をどう評価すべきか

ですよ。の活動は、テレビ出演の本数だけで評価すると見えにくい部分がある。

テレビで一気に知られるようになった芸人が、その後も同じ芸風を維持し、ライブ、配信、サービス提供などに活動の幅を広げている点が特徴だ。

特に謝罪代行は、代表ギャグと実際のサービスが結びついている。芸人としての知名度を別の仕事につなげた事例としても興味深い。

2026年10月の番組出演報道は、過去のブレイクを懐かしむだけでなく、現在も本人が謝罪ネタを続けていることを伝える材料になっている。

【よくある質問】芸人ですよ。に関するFAQ

Q1:ですよ。の本名は何ですか?

A1:本名は斉藤哲也(さいとう・てつや)と人物情報サイトや公演情報サイトで紹介されています。ただし、吉本興業の公式プロフィールでは本名は掲載されていません。

Q2:ですよ。は2026年現在何歳ですか?

A2:1976年2月12日生まれで、2026年11月現在は50歳です。

Q3:ですよ。は現在も芸人として活動していますか?

A3:はい。吉本興業に所属し、芸人として活動しています。2026年にはABEMA『声優と夜あそび』にも出演し、代表ギャグを披露しました。また、プロ謝罪師として謝罪代行にも取り組んでいます。

Q4:ですよ。の出身大学や高校はどこですか?

A4:吉本興業の公式プロフィールでは、出身高校や大学の情報は掲載されていません。高校時代にサッカーに打ち込み、その後ボリビアへ約4年間サッカー留学した経歴がテレビ朝日の番組で紹介されています。芸人としてはNSC東京校7期生です。

Q5:ですよ。の代表ギャグは何ですか?

A5:「あ〜い、とぅいまてぇ〜ん!」です。舞台でショートコントが受けなかった際、とっさに謝罪したことが誕生のきっかけと本人が明かしています。

まとめ:ですよ。は2026年も独自の芸風で活動を続けている

ですよ。は1976年2月12日生まれの50歳。東京都出身で、吉本興業に所属するNSC東京校7期生のピン芸人だ。

『エンタの神様』で「あ〜い、とぅいまてぇ〜ん!」の謝罪ネタが注目を集めた一方、番組出演が減った時期も経験している。芸人になる前にはボリビアに約4年間サッカー留学しており、その経験が現在の活動にもつながっている。

2019年9月には代表ギャグを生かした謝罪代行を開始。2026年10月にはABEMA『声優と夜あそび』に出演し、ギャグの誕生秘話や日々の練習について語った。

【プロの結論】ですよ。の本当の強みはギャグを仕事に変える発想力

ですよ。のキャリアから読み取れるのは、代表作を一つ持つことだけではなく、その代表作を別の価値に変換する発想の大切さだ。

テレビでのブレイクが短期間だったとしても、本人は代表ギャグを捨てず、舞台や配信、謝罪代行へと活動を広げてきた。

芸人としての評価をテレビ出演の多さだけで判断するのではなく、どのように自分の持ち味を維持し、仕事につなげているかを見ることが重要だろう。

2026年のですよ。は、懐かしい一発ギャグを披露するだけの存在ではない。50歳になった今もネタを磨き、プロ謝罪師として独自の活動を続ける芸人として、その歩みに注目が集まっている。

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コンテンツディレクター 長谷 莉子
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